2006年04月01日

映画「ブロークバック・マウンテン」

■紹介

これはサイレント・マイノリティー(沈黙する少数派)の物語だと思いました。
登場人物の嗜好は確かにゲイかもしれません。
そんな二人の間に通う愛情の話かもしれません。
でもこれは、そこに留まらない、もっと普遍的なものを描いているのだろうと思います。

保守的な風土のアメリカ西部で、それでも多数派と異なるものを胸に抱いた人間が、
どうやってそれからの時を過ごすのか。
抱いたものをいかに育み、いかに潜め続けるか。
その結末までが情緒に偏らず、しかし温度を持った鋭さで描かれております。
映像も美しい自然の色と、厳しく鈍い人為の色との対比が鮮やかかと。
(細かいところでは羊がかわいかったです)

PG−12作品ではありますが、若い世代を含む、全ての人が見て良いものだと思います。


以下、感想につきネタバレになります。ご了解を。



■感想

サイレント・マイノリティーが何故に「サイレント」であるか。
それは多数派の偏見と好奇にさらされることが辛い、というだけではなくて。
映画の舞台である60年代のアメリカ西部の田舎町辺りでは、実際に命の危険があったから。
それが物語の大きな背景であり、要素であり、伏線であります。

カウボーイのイニスとジャックが、物語の主軸となります。
主人公はイニスで、話はイニスの視点から語られます。
ワイオミングのブロークバック・マウンテンで、違法な放牧の管理の仕事に就くことで、若い二人の出会いがあります。
雄大な自然と羊と牧羊犬しかいない環境。
そして厳しい仕事の中で、見知らぬ仲が友情を育み、それが愛情になるというのが発端。

イニスもジャックも貧しいのは共通で(だからこそ違法な仕事に就いている)、しかしそれ以外は対照的なキャラクターです。
イニスは両親を早くに亡くし、苦労して職を転々として、しかし婚約者のアルマとの結婚を控えている身。
そして性格は静かでやや暗い印象もあり、実直で現実的で、やや悲観的な感も。
ジャックは両親がいて小さな牧場の息子であるけれども、父親と不仲でわざわざ他所へ仕事に来て、ロデオなどで日銭を稼いでいる、フリーの立場。
性格は明るく、ややもすると思慮に欠ける部分もあり、しかし純粋とも感じさせます。

思ってもいなかった愛情の芽生えに、常識的な人生を送ってきたイニスは戸惑い、一度はそれを胸のうちに封印して、婚約者のアルマと結婚し、二人の娘をもうけます。
その時点では確かにアルマを愛していたとしても、ここが悲劇の発端かなと。
4年後にジャックから「会いに行く」という突然のハガキに、驚き、しかし嬉しいイニスは、結婚するべきじゃなかったと思うのです。
実際にジャックが訪れ、二人の再会の喜びのシーンを、アルマは見てしまい、夫の秘密を知ってしまい心を裂かれてしまうのですから。

もっとも関係を公に出来ないイニスとジャックは、年に数度、釣りに行くという名目で、自然の中で隠れて会うようになります。
しかしイニスの家庭はだんだんと壊れて行き、結局離婚となり、イニスは養育費を払うためにますます金銭的に苦しくなっていきます。
一方のジャックはイニスが離婚して、これで一緒になれると思うのですが、イニスはそれを拒否します。
それは、イニスは金を稼ぐ必要があり、そして何より、世間のマイノリティーへの風当たりの強さを身をもって知っているから。
昔、イニスの父が自ら近所のゲイ男性をリンチし、死なせ、それをイニスとその兄に見せつけた経験がトラウマとなっていて、ジャックへの感情を抑えさせてしまうのです。

逆にイニスに拒否されたジャックは、奔放で活発な金持ちの娘・ラリーンと出会い、結婚することになります。
その結果、経済的にも好転し、ラリーンともそれなりに幸せな生活を築いていきます。
しかしその傍らでイニスにも会い続け、また別の男性との関係も持っていることも暗示されていて、愛とトラウマに囚われ続けているイニスとは、対照的な生活です。

結局20年間、脆さと固さの両方をはらんだ関係は、悲劇で終わることとなります。
ある日、ジャックに出した手紙が「死亡」として返送されてきたため、イニスは驚いてラリーンへ電話をします。
ラリーンはイニスの存在をどこかで知っていたかのように、淡々とジャックの死を語ります。
『故障したトラックを道端で修理していて、突然のタイヤのパンクによって頭部を打ち、死んだ。辺りは血の海だった』
語られる言葉はそれだけですが、イニスのトラウマの記憶が、保守派の多数派によってリンチされ殺されたということを直感させます。

ジャックの遺言で遺灰の半分は両親の元にあり「遺灰はブロークバック・マウンテンにまいて欲しいと言っていた」と聞いて、イニスはジャックの両親の元へ行きます。
そこでイニスは、20年前に自分が着ていたシャツとジャックのシャツが重ねてクローゼットの奥に、隠すようにかけられているのを見つけます。
ジャックの両親はそれをイニスに形見として与えますが、遺灰は「家族の墓に入れる」と渡すことを拒むのです。

最後に、イニスは一人、小さなトレーラーハウスのクローゼットに二人のシャツを重ねてかけて、ようやく愛を誓うことが出来たのでした。


こう書くと、美しい愛の物語に見えますが。
結構厳しい話です。
宗教は大きくは扱われていませんが、やはりアメリカですので、生活の端々に浸透していて、それが保守的でマイノリティーを排除する気風の下敷きになっているのは、読み取れました。
(土曜に教会へ行く、などが日常生活としてあります。またメソジスト派とかそんな単語が日常会話にあるのです)
多数派であるということは、宗教が提示する価値観の元に人生を送ることである、ということでもあるのです。
この辺りは、余り宗教を意識しない日本人には、分かりにくい文化の差異かもしれません。
また西部の厳しい自然と共に生きるということは、共同体に馴染まないものを排除する排他性を強めているようです。
これは、人は同じような価値を持ち、同じように協力し合えなければ、厳しい開拓の地では暮らしていけなかった歴史的背景もあるのでしょう。
しかし、それらが結局、マイノリティーに「サイレント」を強い、多数派は自らを正義として時にマイノリティーを殺しても良いと自認する風土を作り上げたのだと思われます。

また、イニスとジャックが初めての夜を過ごした後の朝、羊が一頭、獣に食われ腹を割かれて死んでいるのを見つけます。
もちろん、これはイニスのトラウマの記憶の暗示でもあり、最後の悲劇の暗示でもあるのでしょうが。
聖書ではよく神へ羊が捧げられます。
それは神への信仰心の表れであるのですが。
私には、ブロークバック・マウンテンの大地が、神へ背いた二人への贖いを代わりに羊を殺すことで果たしたようにも見えるのです。
何故なら、ブロークバック・マウンテンは、物語の中で二人の過ごした最初で最後の楽園の、許された土地の象徴であるのですから。
この辺りも、宗教的と感じるサインはありました。


そしてもう一つ。
描かれる愛は一つではないのです。
イニスとジャックの間にある愛は、もちろんメインテーマなのですが。
イニスとアルマの結婚も、愛があって始まりました。
ジャックも自分なりに、ラリーンの奔放さや自由さというものを(女性性とは少し違うところで)愛して結婚したように感じます。
もちろんアルマとラリーンという二人の女性は、それぞれ夫を愛しています。
ジャックは、物語の最初で父親との不仲を告げますが、それでも最後にイニスが訪れた時に、遺灰を渡さなかった父親も、それでも形見を与えた母親も、それぞれに息子を愛していて、息子が愛したものもまた許そうとしていると思います。
そしてイニスは二人の娘に、自身の複雑さからどこか父親として愛しきれていなかったのですが、最後にジャックを失ってから愛を心から受け入れたことで、娘をも心から本当に父親として愛せるようになったように思います。
いくつもある愛の中で、決してイニスとジャックの愛は特異ではなく、普遍的なものとして等しく描かれているのです。
この辺りが、この映画の凡庸ではないところだと思います。


日本でも、ホームレスの人を少年たちが襲い、殺してしまう事件が何度となくあります。
これと、この映画でのゲイへのリンチ殺人とは、同じではないでしょうか。
自分たちの所属するものと異なる存在を否定し、侮蔑し、迫害することで満たされる歪んだ感性は、共通していませんか。
宗教の違いで、多数派の教徒が少数派の教徒を排除し、締め出し、争いが起きることも。
力のあるものが作り上げた常識に染まらないものを、異端として排除する、たとえば学校や職場でのいじめの構図も。
程度の差はありますし、現れ方も違いますが、サイレント・マイノリティーはいたるところにいると思います。
そして「サイレント」を強いられ、適応するための行動が、実は更に他へ悲しみと沈黙を拡げてしまっているのかもしれないということも、また。


この映画から私が感じ取ったことは、
「理解できなくてもいい。共生できなくてもいい。ただ、その人が(他者に害を及ぼさない限りにおいて)いかなる思想・信仰・属性などを持っていようとも、存在することを否定はしないでほしい」
ということなのではないかと思います。


お勧め度……☆☆☆☆☆(満点・ただしここに書いた感想に拒否感を持たない方へ)

posted by はさみ at 16:23| Comment(0) | TrackBack(1) | ドラマ・映画等の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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